福岡高等裁判所 昭和53年(う)393号 判決 1978年12月07日
控訴人 原審弁護人
被告人 種村尚樹
弁護人 加藤達夫 外一名
検察官 猪口民雄
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は、その二分の一を被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人加藤達夫、同山出和幸(連名)提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
右控訴趣意第一点(事実誤認)について。
所論は要するに、管理売春の罪(売春防止法一二条)が成立するためには、売春婦らの居住に関する支配と売春行為に関する支配が必要であるところ、本件においては右の二要件とも具備しないのに、その具備を是認した原判決は事実を誤認したものであるというのである。
よつて検討するに、原判決挙示の証拠によれば原判示事実は優に認められ、したがつて、右二要件の存在はこれを是認しうるところである。すなわち、
まず所論によれば、(1) トルコ嬢の遅刻、欠勤に対して被告人から殊さらに強い干渉があつたわけではないこと、(2) 遊客があつてもトルコ嬢において必ずこれに応じなければならないわけではないこと、(3) 外出も用件があれば認めていたこと、(4) トルコ嬢は自由に店をやめることができたこと、(5) トルコ嬢において束縛を感ずるようなことはなかつたこと等からすると、被告人においてトルコ嬢に対し居住に関する支配を有していたということはできないというのである。
しかし、管理売春における居住の支配は、売春婦らに対しその起居全般を束縛したり前借金等で居住の自由を拘束したりするほどに強力なものである必要はなく、同女らを一定の時間一定の客待ち場所に集合させ、何時でも遊客の求めに応じうるよう待機させ、その間無断で外出することを許さない程度の拘束で足るものと解すべきところ、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、(1) 「広海トルコ」の営業時間を午後四時から翌日午前三時までとし、トルコ嬢を四班編成として定められた出店時間(早番午後四時から、中番午後五時から、遅番午後七時から。残りの一班は公休。)における出店を各班毎に順次くり返していたこと、(2) 出店後は特に被告人又は店長の許可を受けた場合を除いて無断外出を禁止していたこと、(3) 欠勤及び遅刻については、罰金制度と称して届出の有無に応じて、一〇〇〇円から五〇〇〇円を徴収することとしていたこと(但し、その徴収は主としてトルコ嬢の一人に委ね、トルコ嬢の福利厚生費に使用した。なお、昭和五一年五月中旬ころから一時その徴収を中止した。)、(4) トルコ嬢は、指名の場合を除き被告人が雇用したレジ係によつて出店順に来店した遊客の割当てを受けていたことがそれぞれ認められ、原審における被告人の供述及び分離前の共同被告人井上一男に対する尋問調書のうち右と相容れない部分はたやすく措信できない。
しかして、以上の事実によれば、トルコ嬢らの居住に関し前説示の程度の拘束が及んでいたことは明らかであり、したがつて、右に関し被告人の支配が存在したこともこれを肯認しうるところである。
次に所論によれば、本件において、(1) 売春をすることが明示的又は黙示的に雇入れの条件とはなつていないこと、(2) 売春の対価又は実質的に売春の対価とみられるものに対し、被告人が分け前にあずかつたことはないこと、(3) 売春をしないと生活できないような労働条件の下にトルコ嬢がおかれていたわけではないこと、(4) 売春をするかしないかはトルコ嬢の全くの自由意思でなされていたこと等からすると、被告人がトルコ嬢に対し売春行為に関する支配を有していたということはできないというのである。
しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、(1) 本件のトルコ嬢は、その全員が殆んどすべての遊客と売春行為をなし、遊客も同様にこれを目的に来店していたこと、(2) 店の収入は基本入浴料を四〇分で三〇〇〇円とし、延長一〇分毎に一〇〇〇円を加算徴収するとともに、トルコ嬢から出勤日毎にタオル代、掃除代として二〇〇〇円(その日の客三名以上の場合)又は一〇〇〇円(その日の客二名以下の場合)及び客一名毎に飲用の有無に拘らずコーラ代一〇〇円を徴収していたこと、(3) 一方、トルコ嬢は店から給与等の支給は全く受けず、専ら客から直接に受取るサービス料をその収入としたが、被告人らは右サービス料に関し、客の入浴の世話及びマツサージを内容とする本来のサービス(いわゆるチヤリ)の料金を一〇〇〇円と定めたほか、売春を含むその他のサービスをすることにより最高七〇〇〇円までのサービス料の取得を認めるとともに、トルコ嬢に対し右最高額を越える料金の取得を厳禁し、これに反した者は解雇する旨伝えて厳しく指導したこと、(4) しかし、トルコ嬢は右一〇〇〇円のサービス料収入では店に納入すべき前記タオル代、掃除代その他稼働上支出すべき必要経費例えば髪のセツト代、深夜のタクシー代、夜食費等を控除すれば、とうていその最低生活費自体をも充たすに足らず、たまにはチツプ等の収入があるとしても、(もつとも、チツプ自体も殆んど売春をした場合に限つて得られるものであることが窺われる。)、殆んどが浴場個室内における売春を伴うサービスをして五〇〇〇円から七〇〇〇円のサービス料を得るのが常態となつており、換言すればサービス料の右最高額七〇〇〇円は実質的には売春料の最高額に外ならず、被告人らは以上の事実を十分に知悉していたこと、(5) 被告人らは日頃よりトルコ嬢に対し、客には最高のサービスをして入浴の時間延長をとるべき旨を勧奨し、時間延長一〇分を一点、指名客一名を一点としてトルコ嬢の成績を点数化してグラフに表示し、これをトルコ嬢控室に掲示し、一定の成績をあげた者には専用個室を与える等の制度を採用したが、これは延長料等の収入を得る店側の利益と売春料を得るトルコ嬢の利益及び売春を求める遊客の要求とが合致するもので、右勧奨は暗に売春を奨励するものに外ならなかつたこと、(6) しかして、被告人らはトルコ嬢が売春に際して使用する避妊具についても、特に使用済の避妊具は店内に放置することなく必ず待ち帰つて処分すべきことを命じ、売春の証跡を残すことのないよう厳しく指導をしていたこと等が認められ、原審証人高橋恵美、同岸田トミ子、同野村艶子、同桑原由美子の各証言並びに原審における被告人の供述及び分離前の共同被告人井上一男に対する尋問調書のうち右と相容れない部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信できない。
しかして、以上の事実に徴すると、「被告人はトルコ嬢のなす売春行為自体に関し、これを直接的に強制したことはないけれども単に認容ないし黙認したには止まらず、トルコ嬢に固定給を支給せず、入浴の世話及びマツサージ等その本来の職務に従事して揚げる料金収入だけでは最低生活費をも充たしえない仕組みのもとに、実質的に売春料の最高額を決定し、トルコ嬢が浴場個室内で売春をして客から売春料を受領することを常態としたうえ、暗にこれを奨励し、その売春に使用した避妊具の管理に関して指導する等の方法によつて、トルコ嬢が売春することにつき直接、間接に支配、介入していたことは十分に肯認できるところであり、かかる場合においては、トルコ嬢らの売春行為に関し被告人の支配が存在し、被告人は売春防止法第一二条にいう人に「売春をさせる」ことを業としたものと解すべきである。」
そうしてみれば、被告人につきトルコ嬢らの居住に関する支配と売春行為に関する支配の存在を認め、管理売春の成立を肯定した原判決は正当であつて、記録を精査しても原判決には所論の如き事実誤認があることを発見することはできない。論旨は理由がない。
右控訴趣意第二点(量刑不当)について。
よつて所論にかんがみ、本件記録及び原審において取調べた証拠のほか当審における事実取調べの結果を加えてその犯情を検討するに、
被告人は多数のトルコ嬢と客引きを使用し、個室一五室を全面的に活用するなどして組織的に本件を敢行したもので、売春の回数も多く、あげた収益も多大なものがあつたと認められること、被告人は原判示のとおり兇器準備集合罪により懲役刑の執行を受け終つたものであるのに、その後間もなくして本件犯行に及んだものであること等にかんがみるときは、原判決の被告人に対する刑の量定は必ずしも首肯できないものではない。
しかしながら他面、被告人が「広海トルコ」の経営を担当したのは昭和五〇年二月からであつて、その経営の期間及び本件管理売春の期間は必ずしも長期とは言い難いこと、被告人は愛知県半田市に本店を有する広海観光株式会社の取締役として同社から福岡における唯一の店舗である「広海トルコ」の経営担当者として派遣され、トルコ経営は初めての経験であつたところから、その営業成績をあげることを急ぐあまり、勇み足的に本件所為に及んだことが窺われること、トルコ嬢に対する支配、介入の実態が格別に悪らつであつたとも認め難いことその他所論の被告人に利益な事情を参酌するときは、原判決の被告人に対する科刑はいささか重きに失し相当でない。論旨は理由がある。
そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。
原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は刑法六〇条、売春防止法一二条に該当するところ、被告人には原判示の前科があるので刑法五六条一項、五七条により懲役刑につき再犯の加重をなし、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従いその二分の一を被告人に負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本茂 裁判官 川崎貞夫 裁判官 矢野清美)